(どうしてみんな しんでいるの)

(どうしてみんな ころしてしまうの)

(どうしてひとは こんなにきたないの?)



――――――――――どうにもならないんだ。



「――――ッ」

蓮は飛び起きた。
肩で荒い息をつきながら、しばし目の前の壁を見つめる。

時刻は真夜中。
夜明けにはまだ遠い。

嫌な汗がびっしりと伝う。
濡れた背中が気持ち悪かった。
大きく息を吸って。
吐いて。
蓮は己の掌を見つめた。
いつもと変わらぬ手。

(―――否)

これは夢の続きだ。
真っ赤に染まった掌。
穢れた身体。

悪夢は終わらない。
人の醜さを知った、あの時から。

「………」

どくん、と心臓が波打つ。
…今夜はもう眠れそうにない。
仕方なく、蓮はトレーニングルームへ向かった。












□■□












は空を見上げる。
ひとり、思いを馳せる。



あれから―――
パッチの人たちが去って数日。

蓮は何も訊かない。
わたしが何者なのか、わたしが何故パッチの人たちに連れて行かれそうになったのか。

何も、訊かない。


逆に不安になって、此方から尋ねてみた。
どうして蓮は何も訊かないの? と。

「訊いたところで、お前は何も答えられないのだろう?」

そう、答えられた。

確かにその通りだった。
わたしもわからないのだ。
何故自分が、あのパッチの人たちに連れて行かれそうになったのか。
自分の正体は一体何なのか。

ゴルドバは、わたしを星の乙女だといっていた。
そしてわたしは、シャーマンファイトの度に何度もうまれてくるとも。
星の乙女とは一体何のことなのか。
彼等はカミサマのことを「グレート・スピリッツ」だと言っていた。

シャーマンファイトに必要不可欠な存在、星の乙女。

シャーマンファイト…
知っている。
わたしはその存在を知っている。
何故なら、カミサマが教えてくれたからだ。

どうしてだろう。
最近カミサマは何も答えてくれない。
わたしの質問には何ひとつ。

「うまれる」前は、あんなに近しい存在だったのに―――

カミサマの元にいたころは、いつだって一緒にいたのだ。
なのに、この世に「うまれて」から。
カミサマは急に、何も言わなくなってしまった。
それが少し、寂しい。

沢山訊きたいことがあったのに。

それに。

(蓮―――)

ここのところ、彼の様子もおかしい。
麻倉葉との対決を前に、今まで以上にぴりぴりしてきている。
パッチが来たときはまだ良かった。
だけどあの後からだんだん――

「………」

声がかけづらい。
何だか蓮の存在までもが、遠くになってしまう感じがして。
それがまた、寂しさに拍車をかける。

だけど仕方ないのだと、納得させて。
今は自分よりも、彼が大事な時期なのだからと。

は思いを馳せる。
一人、空を見上げて。













麻倉葉との予選試合が、いよいよ明日へと迫ってきた。
蓮のトレーニングにも余念はない。

「――蓮」

ギィ、と扉が開いて、遠慮がちにが顔を出した。
蓮はトレーニングの手を止めた。

「あの…邪魔、してごめん、ね」
「別に構わん。どうした」

自分でも随分とそっけない言い方だと思う。
だが、仕方なかった。
麻倉葉との、絶対に負けられない決戦を前にして――
自分の血が騒ぐ。ぞわぞわと。まるで獲物を求める肉食獣のように。

そんな状態でと顔を合わせたら、彼女に何をしでかすかわからない。

何て勝手な理屈だと、もう一人の自分が嗤う。
まもりたいと、初めて自分で思ったのに。

だけど、と。
また別の自分が言う。
今この状態の自分から遠ざけるのも、また一種の守る形なのではないかと。
言い訳かもしれない。屁理屈かもしれない。

しかし今の蓮には、それが精一杯だった。

はしばし逡巡していたが、やがて決心したように言った。

「明日の試合……ついて行ったら、いけない、かな…?」

「なっ」

これには蓮の方が驚いた。
折角――折角明日のために、彼女と距離を置いていたのに。
明日が終われば全て終わるのに。

逆を言えば、明日が全てを爆発させる日だから。
一層彼女の傍にはいられないのだ。

だから。

「―――駄目だ」

自分でも驚くほど冷たい声が出た。
案の定、の顔が悲しそうに歪む。

――嗚呼 そんな顔、しないでくれ

「明日は俺にとって、最も大切な試合の日だ。関係のない奴はつれていけない」
「でもっ…」
「試合会場には恐らく……お前の嫌いな、パッチ共もいる筈だ」
「ッ…」

が唇を噛む。
――それで、いいのだ。
明日お前を同行させて、万が一にも……巻き添えで怪我をさせようものなら。
きっと自分は、一生悔やむ。

「っでも……でもわたしは、蓮のそばにいたい」

蓮の動きが一瞬止まる。
だけど、それは本当に一瞬のことで。

「―――駄目だ」

ため息と共に、拒絶する。
に背を向ける。
ためらう様子を悟られてはならない。
きっぱりと。
そんな彼の様子に、どうしても無理なのだと理解したは、

「…わかった」

と、くるりと背を向け、部屋を出て行く。
そして、扉を閉めるその寸前に。

「あした……がんばって、ね」

―――ばたん

扉が閉まった。
しばらくそのまま立っていた蓮だが、ぐっと拳を握り締めるとトレーニングを再開した。

『……ぼっちゃま』

機械音が響く中、持ち霊が声をかけてくる。
しかし蓮は、馬孫の方を見もせずに答えた。

「あいつは連れて行けない」

絶対に。
傷つけたくないから。

そして…

全てを爆発させる己の醜い姿を―――
見て欲しく、ないから。

「……確かに、屁理屈もいいところだな」

蓮は自分を嘲笑った。












□■□












翌日。夕方。

蓮は出て行った。馬孫と共に。
決戦の場へ。

にはただ、彼の健闘を祈ることぐらいしか出来ない。

蓮の背中に、小さな声で「いってらっしゃい」と告げるのが、精一杯だった。
そして彼は何も言わなかった。

「いま……何時、かな」

さっきから時間が気になって仕方がなかった。
だけどまだ、蓮が出て行ってから余り経っていなくて。
そわそわして落ち着かない。
今頃彼は何処にいるのだろう。
もう試合会場へついたのだろうか。

は、試合会場がどこなのか知らない。
その場所の名前すら教えてもらえなかった。
だがたとえ名前だけでも知っていたとしても、恐らく土地勘のない自分には同じだろう。

「………」

何も手につかなくて、ごろんとソファに横たわる。
知らずため息が漏れた。

だいじょうぶかな。
だいじょうぶ、かな?

蓮の実力を疑うわけではない。
彼は強い。
そんなことぐらい、わかっている。

(………だけど)

心配、なんだよ―――…

信用しないのと心配するのとでは、紙一重で違う。

「……れん…」

はうずくまるように、そっと手を握り締めた。
















――――ドクン







(どうしてみんな しんでるの)

(どうしてみんな ころしてしまうの)

(どうしてひとは こんなにきたないの?)




「俺は負ける訳にはいかんのだ!」








――――ドクン
















ハッとは目を覚ました。
いつの間にか、眠ってしまったらしい。

窓の外は、既に夕闇に包まれている。

「………」

何だろう。
何でこんなに、どきどきするんだろう。
さっきよりも、もっと。

「……ッ…」

たまらずは外へ飛び出した。
そのまま駆け出す。全速力で。

蓮のところに行こう。
蓮のところに――いきたい。
怒られても良いから…それでも。

混雑する商店街を一気に駆け抜ける。
徐々に息が上がってくる。
そして――はた、と気付いた。

場所を知らないのだ。蓮のところへ行きたくても…それが何処なのか。

は無言で唇を噛んだ。
訊いておけばよかった。せめて、その場所の名前だけでも。
そうすれば、あとは誰か人に尋ねるなどして、辿り着けただろうに。

(ばかっ……わたしの、ばか!)

悔しくて仕方ない。
どうしようもなく自分を責めた。

いつの間にか足はスピードを落とす。
それでも、とぼとぼとは歩き続けた。

(……どうしよう)

脇目もふらずに滅茶苦茶に走ってきたから…
帰り道までもわからなくなってしまった。
一体どれぐらいの距離を走ってきたんだろう。
それすらも、わからない。

余りの不甲斐無さに、じわりと涙が滲んだ。
蓮に来るなと言われても、無理矢理行こうとして。
挙句の果てには迷ってしまうなんて。

「ほんとうに、わたし……大馬鹿だ…」

――――と。



「ちょっとあんた。人ン家の前で、何泣いてんのよ」

唐突に。
背後から声がした。
耳慣れぬ声。

が恐る恐る振り返ってみると…




そこには、一人の少女が腕組みをして立っていた。
赤いバンダナがやけに印象的な、理知的な双眸をした少女だった。